top of page

2026年8月3日配信

靴が道案内をする時代へ──Honda発スタートアップ「Ashirase」が挑む視覚障害者支援と屋内ナビゲーションの未来

徳田 良平(株)Ashirase 取締役CDO

(所属や役職は配信当時の情報となります)

​​

Honda発スタートアップ「株式会社Ashirase」の取締役CDO・徳田氏をゲストに迎え、視覚障害者の移動を支援するナビゲーションデバイス「Ashirase」と、屋内ナビゲーションサービス「Indoor Flow」について詳しく伺います。靴に装着したデバイスが振動で進行方向を伝える独自技術や、GNSSが届かない屋内でVPSやセンサーフュージョンを活用した高精度な位置推定の仕組みを解説。さらに、施設側の工事不要で導入できる新しい屋内測位技術、地図データの更新方法、海外展開の状況、そして「誰もが自由に移動できる社会」を目指すAshiraseのビジョンまで、位置情報テクノロジーの最前線をお届けします。

====


 

ホンダ発スタートアップ「Ashirase」の設立背景と歩行支援の使命

株式会社Ashiraseは、2021年に本田技研工業の社内起業支援プログラムの第1号案件として設立されたスタートアップ企業です。代表の千野氏が、目が不自由なご親族の歩行中の事故をきっかけに、視覚障害を持つ方の移動の厳しさや危険に向き合い、「歩くこともモビリティである」という信念のもと、自動運転技術の知見を歩行支援に活かしたことが創業の原点となりました。開発の過程で当事者から「1人での歩行は諦めている」という切実な声を聞いたことが大きな衝撃となり、単なる道具の提供を超えて、誰もが1人で自由に、自信を持って歩ける社会の実現をミッションに掲げています。

振動で直感的に導くウェアラブルデバイス「Ashirase」の仕組み

同社の主力製品である「Ashirase」は、靴に装着して足元の振動で進行方向を伝えるナビゲーションデバイスで、GNSS(衛星測位システム)とモーションセンサーを搭載しています。スマートフォンアプリで目的地を設定すると、デバイスがBluetoothで連携し、片足3箇所ずつ計6箇所の振動パターンとテンポを使い分けることで、曲がるべきポイントを直感的に足元へ伝えます。スマートフォンを手に持つ必要がなく、周囲の音を聞きながら足からの指示に従うだけで目的地に到達できるため、安全性と利便性を両立しています。既に利用しているユーザーからは、生活に欠かせないプロダクトとして高い評価を得ており、2024年末からは日本国内だけでなく、オーストラリアや欧州での一般販売も開始される予定です。

工事不要で高精度な屋内測位を実現する「IndoorFlow」の革新性

屋外での移動支援に加え、ユーザーから最も要望が多かった「屋内の移動支援」を解決するために開発されたのが「IndoorFlow(インドアフロー)」です。これまで屋内のナビゲーションは、施設側にビーコンなどの高価なインフラを設置するコストが課題でしたが、本サービスは施設側の工事が一切不要で、スマートフォンでのスキャンのみで導入できる点が最大の特徴です。屋外でのナビゲーションで培ったUXやアクセシビリティの知見を屋内へ横展開し、GPSの届かない駅構内や大型商業施設、公共施設などにおいて、屋内外をシームレスにつなぐ移動支援を提供します。

VPSとVLMを活用した高度な位置推定と地図データ運用の技術

IndoorFlowの技術的基盤は、カメラ映像から特徴量を抽出するVPS(VisualPositioningSystem)技術に、センサーフュージョンや粒子フィルターなどの高度なアルゴリズムを組み合わせた独自の測位エンジンです。ユーザーがスマートフォンをかざすと、事前にスキャンされた天群データとマッチングを行い、複雑な屋内空間でも数センチ単位の精度で自己位置を特定し、適切なルート案内を行います。地図データの鮮度を維持するため、AI(VLM:VisionLanguageModels)を用いて、画像からドアやトイレの場所を自動で特定しアノテーション(意味付け)する技術開発も進められています。将来的には清掃ロボットとの連携や、市民が日常的にスキャンしてデータを更新する「シビックテック」的な手法を取り入れ、常に最新の空間情報を維持するエコシステムの構築を目指しています。

インクルーシブデザインが拓く「全ての人が迷わない」社会の実現

Ashiraseのサービスは視覚障害者専用にとどまらず、車椅子利用者、ベビーカーを使用する方、さらには初めての場所で迷いやすい全ての人を対象としたインクルーシブデザインを採用しています。多言語対応も標準的に備えており、日本の複雑な駅構内を移動するインバウンドの需要にも応えることが可能です。「特定の場所へ行くだけで情報が得られる」という体験を提供することで、移動そのものの心理的障壁を取り除き、あらゆる人が社会に参加し、交流人口の拡大に寄与するインフラとしての役割を担おうとしています。

事業の持続可能性とスマートグラス連携、自治体との未来共創

サービスの持続性を確保するため、施設側への導入価値として、案内業務の負担軽減や問い合わせ削減といった具体的な投資対効果の創出に注力しています。今後はスマートグラスとの連携を強化し、視覚を遮ることなく音声と位置情報を融合させた、より自然なユーザー体験の構築を目指しています。また、広島市などの自治体と連携し、駅周辺全域をデータ化してアクセシビリティを高める都市プロジェクトも進行中です。リテール領域では、ユーザーの購買データや好みに基づいて目的地を創出し、レコメンドとナビゲーションを連動させることで、新たな商業価値を生み出すプラットフォームへの進化も視野に入れています。

まとめ

株式会社Ashiraseが提供するテクノロジーは、ホンダ由来の精密な測位技術と、ユーザーの切実な声に向き合う人間中心の設計が融合したものです。足元の振動というユニークなインターフェースと、工事不要で導入できるVPS技術により、これまで困難だった「屋内外を問わない自由な移動」を現実のものとしています。

視覚障害者支援を起点としながらも、車椅子利用者や観光客、さらには施設管理業務までを包括する同社の取り組みは、単なる便利ツールを超えた、次世代の「歩行インフラ」となる可能性を秘めています。自治体や他事業者との連携を深め、現実空間にデジタルな案内をシームレスに重ね合わせることで、誰もが迷わずに、自分の意思でどこへでも行ける豊かな社会の実現が期待されます。

​​​

bottom of page